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40歳以下のプロ野球ファンにはたまらない動画。なかなか観れる機会ないからさぁ。
15:26 山田久志が、NHKで語ってました。一生忘れられない思い出だと・・・ 山田は両親を球場に招待してて、本当だったら私がヒーローインタビューを受けるはずだったのにと、それ以来山田の母親は一切息子の登板を観なかったと言ってました。
懐かしい阪神の抑えの切り札山本和行さんが出てきた。守護神として活躍していた時、甲子園で出待ちしていた。有名選手が次々と高級車に乗って去っていく中、振り返るとママチャリのカゴにスポーツバック入れ山本和行さんが走り去った。家が近いとはいえママチャリ。友人と唖然とした。でも物凄く親近感湧いたんです。
1971年の日本シリーズ、この約2か月後に自分生まれます。巨人ファンの父は部屋に王さんのポスター貼って赤ん坊の自分の耳元で「王さんみたいになれ」と延々とささやいていたそうです。その洗脳のおかげか王さんファンにはなりましたが王さんみたいにはなれんかった(普通の人はなれないだろ…)756号のホームランをテレビで見て号泣、引退で号泣、WBC優勝して号泣と王さんが何か達成するたびにオイオイ泣いています。そのくらい王さん好きです。親父、王さんファンにしてくれてありがとう。
んか
.
@@ドコモ太郎-v5o 意味不明な返信www
アイコン北斎ちゃんで好き
子供のころ、プロ野球の試合が雨天中止になると、このようなVTRが良く流れたものです。それを録画することで、このような貴重映像になるなるなんて発想は当時は全くなかった。
これVHSな
ブライアントの4発は 4連発だけでも凄いのに、それが優勝争い天下分け目というところが素晴らしい
1:086番のルーキー、まだ二本足で打っていた王貞治ってマジ貴重な映像やな……(感慨深い)
ちなみにこの試合が王と長嶋のホームランそろい踏み、いわゆる「ONアベックホームラン」(通算106本)の第1号。
中日で埋もれること無く近鉄球団に 譲渡した当時 中日トップに 感謝この時代 パ・リーグはメチャクチャ面白い試合たくさんありがとうありがとう
昭和63年、斎藤雅樹投手のノーヒットノランを敗戦投手にした試合は、テレビ中継が終わって、PM11時15分のプロ野球ニュースを見てびっくり、カミソリシュートの平松政治さんが解説者で興奮していたのをよく覚えています。暑い暑い8月の夜だった。
伊東勤と赤堀元之、今は同じ中日のユニフォームを着ているという。
ナゴヤ球場と藤井寺球場は、「打ち合いになったら最後はホームチーム(ドラゴンズ、バファローズ)が物にする」そんな雰囲気の球場でしたね。1986年藤井寺のノーガードの打ち合いと淡口選手のサヨナラホームラン、1991年ナゴヤの中村武志選手の代打同点満塁ホームランとサヨナラホームランはよく覚えています。どちらも満員の球場が狂喜乱舞でしたね。「ナゴヤと藤井寺(日生)球場は、5点差あってもセーフティリードではない」、投手にとってはプレッシャーのかかる球場でした。
昭和49年の日本シリーズの中日の敗因は「巨人の10連覇を阻止したから日本シリーズはどうどもいい」と中日ナインは思っていたと「サンドラ」で当時、優勝メンバーだった木俣氏が語っていました。
今では信じられませんが、当時はペナントレースをとったという事が奇跡的で、それだけで満足気味だった。それ程巨人のV9がすごかったともいえる。
例えばサッカーとかでも逆転劇自体はあったりするが、必ず1点ずつしか入らない上、しかも時間の制限がある点が野球とは違う。それゆえ野球は奇跡の大逆転が起こり得る要素を含んでる。ドラマ性の高いスポーツと言えると思う。
そういう意味じゃラグビーが一番面白いスポーツだよなぁ。
tuistairu ほんま、それ!
13:43 短髪で髭のない頃の森本w自分はロン毛で髭でサングラスの森本からしか記憶ないからこれは新鮮。
91年の中日対巨人戦は高1の時、「今日は中日負けだな~」と思いながらリアルタイムで観ててまさか8回裏に7点とって同点に追いつき延長戦に入り中村のサヨナラホームランで逆転勝ちして凄く嬉しかったのを覚えています。ですが、その試合後に「楽勝ペースからまさかの逆転負けに怒った大勢の巨人ファンが巨人ナインを乗せたバスを取り囲みメガホンや水筒を投げつけバスのフロントガラスを破損させて逮捕者が出た」とニュース・新聞で報道され何とも後味の悪い結末になり、この事件の影響で翌日、巨人は勝ったのですが「ヒーローインタビュー自粛」する事になりました。
読売は紳士を謳ってますが、ファンは紳士ではないですからね。
広野さんの上をいくホームランを近鉄の北川博敏が打っている。「代打逆転満塁サヨナラ」のあとにもう一つ「優勝決定」というホームランがそれだ。
もう一つ「つり銭なし」な
昔の野球でここまでレベルが高いってすごいよね。この人たちが現代の技術や知識を得たらどんな選手になってたのかな
ブライアント4連発の1週間前に行われた1989年10月5日の西武vsダイエー戦でダイエーが8点差逆転した試合が入ってないな。序盤に西武が8点差でリード、8回までに5点差まで追い上げたダイエーが9回に8点入れて逆転した試合。ブライアントの4連発の陰に隠れてるけど、あの試合でダイエーが大逆転しなければ近鉄の優勝も無かった。
ruclips.net/video/tj1rB383QG4/видео.htmlに入ってますよ。
@@501204 おお!コレです!2の方に入ってたんですね。自分の中では、もう一度見たかった試合です。お知らせ下さり、ありがとうございます。
35:40加藤英司さん300号が逆転サヨナラ満塁ホームラン。凄い巡り合わせ。2試合連続逆転サヨナラ満塁ホームランも奇跡。
昭和57年江川投手をマウンドからひきずりおろし、角投手から大島選手がサヨナラヒットをしたゲームは、テレビ放送が終わっていたのでラジオを聞いていた。受験勉強していたが、勉強が手に付かなかった。この1勝が中日の優勝を導いと言っても過言ではないだろう。
「悪夢の35球」ですね。
最近では、2013年に、DeNAがハマスタの巨人戦で7点差を追い付いて12x-10でサヨナラ勝ち(多村のサヨナラHR)したゲームと、2017年に、ヤクルトが神宮の中日戦で10点差をひっくり返して11x-10でサヨナラ勝ち(大松のサヨナラHR)したゲームが印象的。
近鉄・ブライアントは本当に凄かった! 三振も多かったが、それを恐れない豪快なスイングがホームラン量産に繋がり、1989年のリーグ優勝を導いた。
「中途半端に打ってゲッツーを食らうよりはましなはずだ。三振は野球に付き物だからね。」と、後にブライアント自身が語っているもんね。
これだけ空振りがカッコいい選手は、他にいなかったのではないでしょうか
田淵選手や大杉選手のフルスイングも大好きでした。
......
@KANTA・確か?、東京ドームの日ハム戦で、ドームの天井に当てるドームランを打ちましたね?。
33:37→「長崎は首位打者を獲得した」それは中日との最終戦(中日の優勝決定戦)で物議を巻き起こした、中日・田尾を全打席敬遠した結果であることを忘れてはならない。
田尾選手はこの時、抗議の空振りをして三塁コーチの黒江さんに「もういいじゃないか」といったような声をかけられましたね。そして、その2人が5年後の87年に阪神タイガースで同僚になるのは不思議な縁ですね笑
@@mapepe0217 その通りですね。長崎外野手は、87年6月24日に巨人の篠塚の打球を頭に当てていました。正真正銘のヘディングをしたのは、この方だけです。
その最終戦で中日が勝って、読売を振り切り優勝したんですよね。近藤監督の帽子が胴上げの時に取られてしまうというハプニング付き。
そんなこといちいち突っ込むなよ
長崎はこの次の年以降活躍できず、阪神に移籍してシリーズ優秀選手になりましたね。しかし、ここが峠でしたね。
記録を呼ぶ大逆転、自分にとっては中日の江川、角を打ち砕いての大逆転勝利ですね。シーズンを決めた試合でした。後テレビで見ていたのは落合の齊藤を粉砕した逆転サヨナラ2ラン。鳥肌が起ちました。こういう事があるから野球は筋書きの無いドラマ!
1985年4月17日の甲子園槇原がバースにシュートを投げてゲッツーに仕留めて味をしめたのがミソだな。7回裏のバックスクリーンへの逆転3ランの時には、曲がらないシュートがインコース寄りに入ってしまった。槇原自身がそう言っていたが、本当やな。
ちな阪神ファンだけど、槙原責められないよ。
槇原は何かと甲子園に縁がある。プロ初完封が甲子園伝説のバックスクリーン3連発そして新庄の敬遠のボールをサヨナラ安打を打たれた。
10:39これ以上形容詞が付けられないって言ってるけど後に優勝決定って言う言葉が付くことになるとこの時思いもしなかっただろうな
わ
もう元近鉄の選手は二人だけしかいなくなりましたなあ…
これよりあれの方がすごかったけどね
良いよねぇ、パ・リーグ試合のスタンドのガラガラ具合。試合によっては指で数えられそうなくらいだった。この時代と比べれば今は天国だよ。
週末のデーゲームとかはカードによっては(西武戦とかね)まずまず入っていたこともあったけど、平日のナイターとかはね…それでも、パリーグの場合は内野から席が埋まるから、外野スタンドは本当に人が入っていなかった。
昔のパリーグ恐ろしい程観客いないですね💦珍プレー好プレーでカップルがいちゃいちゃしてる場面思い出しました😚
発表されてる観客数は一桁増やされてましたね
孫がホークスファンでな、川崎球場行ってくるって言って帰ってきたらホークス勝ったのに不機嫌だったからどうしたって聞いたら麻雀で負けたって言うてた位だからな
ヤクルトが横浜に1対0 で負けていて、ノムさんが、9回面代打八重樫ホームラン、代打橋上ホームラン。9回裏石井。逆転勝ち。この時は強いと思った。ヤクルト。
重みがありながらも臨場感のある故・郷里氏のナレーション
郷里大輔のナレーションあっぱれ😃
もう亡くなられて10年近く経ちますね😭
@@mapepe0217 もうそんなに経つんだなぁ...
ドズル・ザビはこの人の声があってこそ
優勝を争うチーム同士での大逆転試合は見応えがあるが、優勝争いにあまり絡んでいないチーム同士での大逆転試合はある意味プロの誇りを感じる。
あの門田博光のセーフティバントなんて朝稀少なシーンが見れただけでも大満足です。
近鉄柳原が打った代打逆転サヨナラ満塁ホームランこの次にあるのは17年後のあの伝説のホームランです
38:30〜 江夏投手は、差が開いてると力を出せないイメージ。それが証拠に、伝説の21球の時は1点差を抑えたけど、81年の読売との日本シリーズの初戦は3点差を追いつかれてるし。
昭和57年の長崎首位打者は、汚いと言わたが、私は長崎選手が、ネクストバッターボックスでする素振りの美しさが好きだったし、シーズンを通して芸術的な広角打法が冴え渡ったが最後の方は田尾選手の打率を見ながら出場するようになった。そして、中日の最終戦は大洋が相手チームで、中日ピッチャーはエースの小松投手が先発して、中日が勝てば優勝し、負ければ巨人が優勝だったが、大洋ホエールズの監督の関根潤三さんが、長崎啓二選手が首位打者を取れるのは、二度とないと判断して先頭打者の田尾安志選手を全て敬遠した。三打席目だったか敬遠のボールを一か八か打とうとしたが、バットに届かず長崎選手が首位打者を獲得した。しかし、その後、田尾選手を敬遠する事は無条件で一塁に出塁できる事になるので、中日の優勝に有利に働き、巨人に不利に働いたと日本全国の野球ファンが不満を漏らして、感じの悪い首位打者だと言われて、巨人が気の毒だと意見を言う人も出るほどあと味の悪いゲームとなった。
ナゴヤ球場や、西宮球場はすごく狭いですね。西宮球場は何度も行きましたが、狭いうえにラッキーゾーンまでありました。ブーマーさんや長池さんなど強打者が多くいたのは事実で、相手チームも同じですが、年間ゲームの半分をここでやったのですから阪急がパ・リーグで何度も優勝したのもうなづけるでしょう。
意味不明ラッキーゾーンって阪急の攻撃の時だけできるの?そんなの両チームとも条件同じでしょ。個人記録ならともかくチームの勝率には関係ないよ。
末次さんは、昭和51年の阪神戦で満塁サヨナラホームランを打った翌年のキャンプで、目をケガして、引退を余儀なくされ、コーチに転じました。
このビデオ持ってて子どもの頃死ぬほど見たわ懐かしい
80年代プロ野球は面白かった
いやいや、80年代に限らず、70年代のプロ野球も面白かった!です。
90年代も面白かったですよ
@@はじけてぐれーぷ 90年代は、FAが、導入され、どこかの名門球団が、金とブランドに物を言わせ他球団の主力選手を掻き集めプロ野球をつまらなくした!
00〜10年代のプロ野球も名場面でいっぱいだぞ
落合VS江夏が見れるなんて今では貴重な映像!!
右の大打者と左の大投手か!どちらも凄い記録を達成している!
当時の屋外の土のグランド(今では少年野球並みのコンディション)で、数千人の観衆で繰り広げられるプロ野球(特にパリーグ)の映像が素晴らしいですね。今のプロ野球人気を支える先人達の汗と努力の結晶です。
晩年の江夏とはいえ落合との対決は貴重な映像ですね。
takahashi124
10:32 広野選手に代打逆転サヨナラ満塁本塁打を打たれたヤクルトの会田投手は、元巨人の会田有志投手のお父さんです。
王さんが江夏さんから放った逆転スリーラン、現場で見ていました。ライトの外野席とアルプススタンドの間の通路に打球は消えました。王さんのホームランの打球って低い角度で上昇して最高高度に達すると水平にしばらく飛んで落下するんですよ。田淵さんの打球が高い放物線を描くのと対照的だったのを覚えています。
加藤秀司さん、在阪パリーグ球団全てに在籍したんだよな
落合さんが江夏さんから打ったインサイドのストレート、ライト線いっぱいに運ぶ技術が凄い👍バットコントロールですね。あと、今の野球より昔の野球の方がはるかに面白いね。必ずライバルがいた。巨人VS阪神、西武VS近鉄、王長嶋VS江夏、野茂VS清原、江川VS掛布、落合VS山田等々魅力があった😁ドラマチックなのもよかった。リプレイ検証とかもないし、正真正銘生のプレー、ジャッジだった。今よりも生活賭けてプレーしてる感があって乱闘とか小競り合いもつきものだったけどね😅大げさに言えば人生賭けて闘ってるように見えた。今いる野球選手には頑張れってとこだね😅あくまで個人的な考えってとこで。質問あれば待ってます👍
やっぱり昔の野球は凄いな。リアルタイムを知らない私でも凄さがわかりますよ。今のプロ野球も凄いけどレベルが違いすぎますね。打つべき人が打って投げるべく人が投げて抑える。金田さんの通算400勝、4490奪三振王さんの868本塁打江夏さんのシーズン401奪三振稲尾さんのシーズン42勝などなどこんな記録もう出ないよ。オヤジがよく言ってました。「15勝くらいで最多勝?」少ない少ない。昔は先発完投、20勝なんか当たり前。長く投げてるから防御率も低い。その分、負け数も多い。納得しましたよ。
なかなか面白かった。やっぱ野球はドラマだわ。後半1/3は80年代から90年代にかけての中日×巨人と近鉄×西武、セパそれぞれライバル激突の歴史といった感じ。
平成最初の熱パの近鉄大逆転の立役者、清原さん。その2日前、危険球でキレて…ジャンピングニーパットかまして退場。ブライアンも凄いが、冷静沈着じゃなきゃ
ko koyaさんこの映像ってVHSで出てましたよね⁉️どうやってRUclipsにアップしたのでしょうか?やり方を教えてほしいのですが…
王の同点ホームラン、長嶋のサヨナラホームラン、たまらない。
巨人ファンならそうなんだろうけど、私は、巨人は、嫌いだけど、王貞治は、大ファン!
バックスクリーン3連発の阪神はもの凄い勢いだったが、いずれ勢いは止まるだろうと思ってた。ところが、シーズン終了まで勢いは止まらなかった。この年の阪神は歴史的な強さだった。
阪神って優勝するときはブッチギリに優勝する
あの甲子園球場のバックスクリーン3連発は、この年に優勝した強い阪神の象徴だったね。
いやいや、全然そんなこと無かったやん。夏あたりまで広島とずっと競ってて、ちょうど社長が日航機で亡くなったあたりなんか連敗しまくりで首位も明け渡してた。先発が悪いから危ない試合が多かった。
落合さんのサヨナラホームランはインパクトありすぎました
1976年の張本勲の真骨頂である外角の球をレフトに流し打ちする技術は、天下一品であったことを43年ぶりに思い出した。
冒頭で2塁から一気に生還する吉田義男。それほど長身でもないキャッチャーの森が大男に見える。ヨッさんって本当に小柄だったんだな・・・・
淡口さん近鉄に移籍してたんですね。それにしても懐かしい名前ばかりでつい最後まで観てしまった(^^)
@@mapepe0217 シカゴシカゴ市西条gお
@@mapepe0217 おおまの
序盤の場面で長嶋がバットを短く持っているのが気になる。当時は何センチ(何インチ)のバットを使っていたのかな? あと、仕事で関わったことのある人が出場していたり。取引先の広告が甲子園球場の目立つ所にあったりで感慨深い。あっ、母の友人と結婚された投手も出てる。たまたま軽井沢でお会いして当時コーチをしていた球団のグッズをもらったな。
31:35 0-7からの大逆転は凄いですが、長嶋監督はこのあと祝勝会を開いて選手に酒を飲ませた。翌日の第7戦二日酔いの巨人選手は、阪急のベテラン足立投手に翻弄され2-4で日本一を逃した。長嶋監督祝勝会早すぎでしょう。
3連敗の後の3連勝で、勢いがあるから、勝てると思ったのでしょうね。慌てん坊で有名なミスターらしいエピソードです(笑)
第7戦に先発した、阪急足立投手も本調子ではなかったようですが、巨人とは対照的に、楽勝ムードから追い詰められたので、そのプレッシャーを紛らわすために、前夜銀座で呑んでたそうです。
天覧ホームランは、王選手の貴重な2本足ホームランで同点からの、9回裏サヨナラだったのか。
このBGM懐かしい。かっこいいな。
まだ小学生の頃だったから、どういう位置付けの試合だったか覚えてないけど、当時西鉄の監督だった中西太が終盤で代打で登場。レフトへの大飛球で捕られたけど。あんなショッキングなシーンは見たことない。
その時代娯楽がほかに少なかったという事もあると思うけど、あの頃の野球は本当に面白かった。残念ながら、正直今は面白いと思わないですね。
33:35このスコアこそが典型的な中日大洋戦ちなみにこの2年後に同カードで毎回得点(中日)も記録する
確か横浜球場でしたね。9回表に金山選手のホームランが飛び出して。この頃の中日は打ち出したら止まらない怖さがありました。
47:14この試合もこの年の阪神を象徴する試合として語り継がれてるけど、この年の広島は31試合も逆転負けを喫しており、その象徴の試合でもあるんだよな。
1982年昭和57年9月28日そのときは高校1年生中日ー巨人戦この試合はふつう負けている試合を見事にひっくり返した
こんな試合を見たいよ
やっぱり日本シリーズはデーゲームがいいな
ほんとそれ。試合終った後、ゆっくり飲みに行ける。終電を気にしないでいいし。
オールデーゲームは93年、1267戦デーゲームが94年。テレビ視聴率も取れないんだから戻してもいいと思うけど。(7戦デーゲームだと仕事を棒に振ることになるけど…)
ナイトゲームだと、ペナントレースと雰囲気が同じに感じる。
背番号12の巨人の柴田さんの姿も貴重ですね。
選手の名前をフルネームで言ってるところがいい
大津ホール 台本にダンディズムを感じますな。故・郷里大輔氏の語り口との調和が、更に味わいを増していますわ。
@@chakra1969 あっぱれだ‼️
近鉄の抑え・石本貴昭を「たかあき」と読んでるけど、確か「よしあき」のはず。そこだけ惜しいなぁ。郷里さんは大好きな声優でした。
ブライアントは勿論、ソレイタといい、バースといいい、バットを振っていると言うより、その辺に落ちてた木の小枝を振ってる感じだ。
24:29これが今井雄太郎さんのあの1球ですか!上田監督が継投ミスしたというシーンが省かれていますね。写真と文章だけしか見たことないので、映像で見られてよかったです。
82年9月28日の中日-巨人はラジオで家族全員で聞いていたが、9回4点差で巨人は怪物江川で中日の敗戦は目に見えていて、ラジオを消したが、自分は部屋で自分のラジカセで「最後の悪あがきくらい…」と思ってつけたら、動画の通り3連打で無死満塁。すかさず、家族でラジオをつけたら、あっと言う間に同点、更に延長で…。というシチュエーション。9回裏満塁の時点で当時のナゴヤ球場は大騒ぎ、サヨナラ勝ちで近所が夜更けにも関わらず声援が立っていた。まるで中日の優勝のような。そしてこのシーズン、中日はセ・リーグを制した。愛知での話。
広野はまさに強運の持ち主。
「北川の代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームランが無い!」と嘆いてる方。このビデオの制作は1996年。近鉄のホーム球場はまだ藤井寺の時代です。
9:00~ 子供の頃に名古屋の厚生年金会館で元中日・広野さんに花束を贈呈した記憶があります(^.^)なんでかは記憶ないですが。。
王さんびっこ引いてるじゃねえか 長嶋さんはホームラン打つしかないところを打ったんだよねえすげえ
左膝直撃のデッドボールは、かなり痛かったでしょうね。長嶋さんがホームラン打ったから、ゆっくり歩いてますが、ヒットだったら、無理してでも全力疾走したんでしょうね。
@@naoqualis711さん、 膝に直撃したら、まともに走れませんからね。
現在、【びっこ】放送禁止用語ですね。相撲の解説に元関取が来てて同じ言葉を発したらアナウンサーが慌てて訂正してました。 昔の映画は必ず冒頭におことわりのテロップを流しますね。
ここ数年派手な大逆転劇多いなあと思ってたけど、結構昔から割と起きてたのね、こういうの
記憶に残る逆転劇は、昔の方が多かったですよ。
このビデオテープ、かつて持っていました⚾️。確かNumberで出していましたね。
59:00過ぎから中日の中村選手が満塁ホームランとサヨナラホームランを打ったくだり。監督に何度も殴られたってのがおそらくこの選手ですよね?こんな良い選手が何で何度も殴られたんだろ。
キャッチャーで、打撃がいいので若いころから起用されてましたが経験不足で配球の組み立てがまだまだ未熟だったそうです。星野「タケシ! なんであんな球投げさせるんや! 口で言ってわからんやつがどういう目にあうか教えてやる! 歯食いしばれ!」ベンチにも音が聞こえるくらい殴られてた、というのは有名な話です…。
32:45 大洋の佐藤政夫投手は長嶋茂雄さんが最後に対戦した投手ですね
槇原の出席率の高さw
제 채널에 합 4만원받을수 있는 이벤트 올려놨어요~ 534
昭和40年までに読売と南海が7回も対戦していたなんてビックリです。
ナレーター「三割、40本に届きそうにない大不振の王…」俺「えええ……」
端から見ると、こんなに打ってどこが不振なんだ?となるけれど、シーズン40本以上のホームランが8年連続で途切れ、首位打者を長島に取られた。
戦後初の(Giants長嶋茂雄先輩が阪神村山実から天覧試合初のサヨナラ決定本塁打はいまだにたった1人)
ガキの頃日本シリーズ第7戦のチケットを父親が買い観戦を楽しみにしてましたがまさかの0-7。完全に諦めかけたところの大逆転!でテンションが上がり捲り夜眠れなかったのを覚えてます。ところが翌日は雨で月曜日に順延……親子で仮病wにかかり試合を見に行ったところ2-3で巨人が負け阪急の胴上げを拝ませて頂きました(苦笑)
36:30~の門田のセーフティーバントは何気に貴重かと。
1976年の読売対阪神での末次選手の山本投手からの代打逆転満塁サヨナラ本塁打、1992年の日本シリーズ第1戦の杉浦選手のサヨナラ満塁本塁打、第6戦の秦選手のサヨナラ本塁打の3つありますか?
南海ホークス→ソフトバンク wwバースもスゴイけどブライアントもスゴかったな
バースは優等生 ブライアントはヤンチャ者 ふたり共最高に楽しませてくれた選手です
自分自身巨人ファンです、王貞治の大ファンなんです⚾。
自分に記憶のあるもの、ないものがありました。でも観てて楽しかったし怖いと思った。やっぱり[野球は面白い・怖い・そして最後までわからない]だから面白い🤗
懐かしい試合が盛沢山ですね。私が⚾に関心を持った頃の話。当時私の亡き母親が🌟の前身旧🐳旧🦬の兼任ファンになりなさいと吐き捨てられた記憶が有ります。最初から🎏と🦅ファンになりたかったのに。今はすっかり🎏と🦅ファンになりましたけどねちな🎏広島🦅ソフトバンク
アキレス鍵切断後の門田のセーフティーバント!!なんという超希少な映像
近鉄のバッテリー、守備当然まっったく無警戒、、、
これまで日本シリーズでは巨人に勝てなかった阪急ブレーブスはようやく勝てたのはチーム一丸となって戦った思いが一つになって日本一になった
槙原は阪神のカモみたいな風潮があるけど実際は38勝10敗と得意にしてたんだよね
でも阪神ファンは斎藤雅樹さんのほうにトラウマがあると思う
余談ですが、20:20での引き分けシーンは翌年放送のアニメ「サムライジャイアンツ」では番場蛮投手が9回に登板して新魔球を披露してましたねぇ。
阪急西宮球場の外野の赤い屋根懐かしいな〜
89年の中日巨人戦「もう見てられるかバカバカしい」と怒って風呂に入ってたら試合がひっくり返っていたのを知って大後悔91年の中日巨人戦以下同文・・・
勝負は下駄を履くまでわからない
個人的に89年のダイエー対西武のダイエー逆転勝利の試合も あって欲しかったなぁ。
阪急、近鉄、南海の3球団に在籍した加藤秀司氏の存在が奇跡。
巨人にも在籍したよ。
関西球界の重鎮・西本幸雄がいたからある意味で必然
同期入団の福本・山田は引退する迄阪急ブレーブスにいたが加藤英だけ渡り鳥野球人生でした!
@@佐々木栄一郎-l2m 巨人だけでなく広島にも居ましたね。でも「阪急・近鉄・南海と言う3球団」ってのが凄いって事だよね。パリーグの大阪・電鉄会社・強豪・・・って所がね。セリーグで例えたらどんな感じに成るのかな?
@@tuistairu 読売でシーズン23勝をマークしたことがあった投手が日拓日ハム、大洋、ロッテ、広島と渡り歩いたのが居たと記憶しています。あと横浜大洋、読売、ヤクルトに在籍した補欠選手が…
1:00:46阪神ファンでもあり3冠王2回のランディバース最強と思ってますが、ドラマティクな逆転劇なら、1989年のブライアントの4連発が最強ではないでしょうか前年、最終戦ロッテ戦勝てば優勝の試合で、9回に追いつかれ延長戦で当時金田監督の審判への猛抗議もあり、延長時間切れ引き分けになり優勝を逃した時の当時の仰木監督の表情が忘れられません。1年越しの悲願の優勝🏅
40歳以下のプロ野球ファンにはたまらない動画。なかなか観れる機会ないからさぁ。
15:26 山田久志が、NHKで語ってました。一生忘れられない思い出だと・・・ 山田は両親を球場に招待してて、本当だったら私がヒーローインタビューを受けるはずだったのにと、それ以来山田の母親は一切息子の登板を観なかったと言ってました。
懐かしい阪神の抑えの切り札山本和行さんが出てきた。
守護神として活躍していた時、甲子園で出待ちしていた。有名選手が次々と高級車に乗って去っていく中、振り返るとママチャリのカゴにスポーツバック入れ山本和行さんが走り去った。
家が近いとはいえママチャリ。友人と唖然とした。でも物凄く親近感湧いたんです。
1971年の日本シリーズ、この約2か月後に自分生まれます。巨人ファンの父は部屋に王さんのポスター貼って赤ん坊の自分の耳元で「王さんみたいになれ」と延々とささやいていたそうです。その洗脳のおかげか王さんファンにはなりましたが王さんみたいにはなれんかった(普通の人はなれないだろ…)756号のホームランをテレビで見て号泣、引退で号泣、WBC優勝して号泣と王さんが何か達成するたびにオイオイ泣いています。そのくらい王さん好きです。親父、王さんファンにしてくれてありがとう。
んか
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@@ドコモ太郎-v5o 意味不明な返信www
アイコン北斎ちゃんで好き
子供のころ、プロ野球の試合が雨天中止になると、このようなVTRが良く流れたものです。
それを録画することで、このような貴重映像になるなるなんて発想は当時は全くなかった。
これVHSな
ブライアントの4発は 4連発だけでも凄いのに、それが優勝争い天下分け目というところが素晴らしい
1:08
6番のルーキー、まだ二本足で打っていた王貞治って
マジ貴重な映像やな……(感慨深い)
ちなみにこの試合が王と長嶋のホームランそろい踏み、
いわゆる「ONアベックホームラン」(通算106本)の第1号。
中日で埋もれること無く近鉄球団に 譲渡した当時 中日トップに 感謝この時代 パ・リーグはメチャクチャ面白い試合たくさんありがとうありがとう
昭和63年、斎藤雅樹投手のノーヒットノランを敗戦投手にした試合は、テレビ中継が終わって、PM11時15分のプロ野球ニュースを見てびっくり、カミソリシュートの平松政治さんが解説者で興奮していたのをよく覚えています。暑い暑い8月の夜だった。
伊東勤と赤堀元之、今は同じ中日のユニフォームを着ているという。
ナゴヤ球場と藤井寺球場は、「打ち合いになったら最後はホームチーム(ドラゴンズ、バファローズ)が物にする」そんな雰囲気の球場でしたね。1986年藤井寺のノーガードの打ち合いと淡口選手のサヨナラホームラン、1991年ナゴヤの中村武志選手の代打同点満塁ホームランとサヨナラホームランはよく覚えています。
どちらも満員の球場が狂喜乱舞でしたね。
「ナゴヤと藤井寺(日生)球場は、5点差あってもセーフティリードではない」、投手にとってはプレッシャーのかかる球場でした。
昭和49年の日本シリーズの中日の敗因は「巨人の10連覇を阻止したから日本シリーズはどうどもいい」と中日ナインは思っていたと「サンドラ」で当時、優勝メンバーだった木俣氏が語っていました。
今では信じられませんが、当時はペナントレースをとったという事が奇跡的で、それだけで満足気味だった。それ程巨人のV9がすごかったともいえる。
例えばサッカーとかでも
逆転劇自体はあったりするが、
必ず1点ずつしか入らない上、
しかも時間の制限がある点が野球とは違う。
それゆえ野球は奇跡の大逆転が
起こり得る要素を含んでる。
ドラマ性の高いスポーツと言えると思う。
そういう意味じゃラグビーが一番面白いスポーツだよなぁ。
tuistairu ほんま、それ!
13:43 短髪で髭のない頃の森本w自分はロン毛で髭でサングラスの森本からしか記憶ないから
これは新鮮。
91年の中日対巨人戦は高1の時、「今日は中日負けだな~」と思いながらリアルタイムで観ててまさか8回裏に7点とって同点に追いつき延長戦に入り中村のサヨナラホームランで逆転勝ちして凄く嬉しかったのを覚えています。ですが、その試合後に「楽勝ペースからまさかの逆転負けに怒った大勢の巨人ファンが巨人ナインを乗せたバスを取り囲みメガホンや水筒を投げつけバスのフロントガラスを破損させて逮捕者が出た」とニュース・新聞で報道され何とも後味の悪い結末になり、この事件の影響で翌日、巨人は勝ったのですが「ヒーローインタビュー自粛」する事になりました。
読売は紳士を謳ってますが、ファンは紳士ではないですからね。
広野さんの上をいくホームランを近鉄の北川博敏が打っている。
「代打逆転満塁サヨナラ」のあとにもう一つ「優勝決定」というホームランがそれだ。
もう一つ「つり銭なし」な
昔の野球でここまでレベルが高いってすごいよね。この人たちが現代の技術や知識を得たらどんな選手になってたのかな
ブライアント4連発の1週間前に行われた1989年10月5日の西武vsダイエー戦でダイエーが8点差逆転した試合が入ってないな。
序盤に西武が8点差でリード、8回までに5点差まで追い上げたダイエーが9回に8点入れて逆転した試合。
ブライアントの4連発の陰に隠れてるけど、あの試合でダイエーが大逆転しなければ近鉄の優勝も無かった。
ruclips.net/video/tj1rB383QG4/видео.html
に入ってますよ。
@@501204
おお!コレです!
2の方に入ってたんですね。
自分の中では、もう一度見たかった試合です。
お知らせ下さり、ありがとうございます。
35:40加藤英司さん300号が逆転サヨナラ満塁ホームラン。凄い巡り合わせ。2試合連続逆転サヨナラ満塁ホームランも奇跡。
昭和57年江川投手をマウンドからひきずりおろし、角投手から大島選手がサヨナラヒットをしたゲームは、テレビ放送が終わっていたのでラジオを聞いていた。受験勉強していたが、勉強が手に付かなかった。この1勝が中日の優勝を導いと言っても過言ではないだろう。
「悪夢の35球」ですね。
最近では、2013年に、DeNAがハマスタの巨人戦で7点差を追い付いて12x-10でサヨナラ勝ち(多村のサヨナラHR)したゲームと、2017年に、ヤクルトが神宮の中日戦で10点差をひっくり返して11x-10でサヨナラ勝ち(大松のサヨナラHR)したゲームが印象的。
近鉄・ブライアントは本当に凄かった! 三振も多かったが、それを恐れない豪快なスイングがホームラン量産に繋がり、1989年のリーグ優勝を導いた。
「中途半端に打ってゲッツーを食らうよりはましなはずだ。三振は野球に付き物だからね。」と、後にブライアント自身が語っているもんね。
これだけ空振りがカッコいい選手は、他にいなかったのではないでしょうか
田淵選手や大杉選手のフルスイングも大好きでした。
......
@KANTA・確か?、東京ドームの日ハム戦で、ドームの天井に当てるドームランを打ちましたね?。
33:37→「長崎は首位打者を獲得した」
それは中日との最終戦(中日の優勝決定戦)で物議を巻き起こした、中日・田尾を全打席敬遠した結果であることを忘れてはならない。
田尾選手はこの時、抗議の空振りをして三塁コーチの黒江さんに「もういいじゃないか」といったような声をかけられましたね。そして、その2人が5年後の87年に阪神タイガースで同僚になるのは不思議な縁ですね笑
@@mapepe0217
その通りですね。
長崎外野手は、87年6月24日に巨人の篠塚の打球を頭に当てていました。正真正銘のヘディングをしたのは、この方だけです。
その最終戦で中日が勝って、読売を振り切り優勝したんですよね。
近藤監督の帽子が胴上げの時に取られてしまうというハプニング付き。
そんなこといちいち突っ込むなよ
長崎はこの次の年以降活躍できず、阪神に移籍してシリーズ優秀選手になりましたね。しかし、ここが峠でしたね。
記録を呼ぶ大逆転、自分にとっては中日の江川、角を打ち砕いての大逆転勝利ですね。シーズンを決めた試合でした。後テレビで見ていたのは落合の齊藤を粉砕した逆転サヨナラ2ラン。鳥肌が起ちました。こういう事があるから野球は筋書きの無いドラマ!
1985年4月17日の甲子園
槇原がバースにシュートを投げてゲッツーに仕留めて味をしめたのがミソだな。
7回裏のバックスクリーンへの逆転3ランの時には、曲がらないシュートがインコース寄りに入ってしまった。槇原自身がそう言っていたが、本当やな。
ちな阪神ファンだけど、槙原責められないよ。
槇原は何かと甲子園に縁がある。プロ初完封が甲子園
伝説のバックスクリーン3連発
そして新庄の敬遠のボールをサヨナラ安打を打たれた。
10:39これ以上形容詞が付けられないって言ってるけど後に優勝決定って言う言葉が付くことになるとこの時思いもしなかっただろうな
わ
もう元近鉄の選手は二人だけしかいなくなりましたなあ…
これよりあれの方がすごかったけどね
良いよねぇ、パ・リーグ試合のスタンドのガラガラ具合。試合によっては指で数えられそうなくらいだった。
この時代と比べれば今は天国だよ。
週末のデーゲームとかはカードによっては(西武戦とかね)まずまず入っていたこともあったけど、平日のナイターとかはね…
それでも、パリーグの場合は内野から席が埋まるから、
外野スタンドは本当に人が入っていなかった。
昔のパリーグ恐ろしい程観客いないですね💦
珍プレー好プレーでカップルがいちゃいちゃしてる場面思い出しました😚
発表されてる観客数は一桁増やされてましたね
孫がホークスファンでな、川崎球場行ってくるって言って帰ってきたらホークス勝ったのに不機嫌だったからどうしたって聞いたら麻雀で負けたって言うてた位だからな
ヤクルトが横浜に1対0 で負けていて、ノムさんが、9回面代打八重樫
ホームラン、代打橋上ホームラン。
9回裏石井。逆転勝ち。
この時は強いと思った。ヤクルト。
重みがありながらも臨場感のある故・郷里氏のナレーション
郷里大輔のナレーションあっぱれ😃
もう亡くなられて10年近く経ちますね😭
@@mapepe0217 もうそんなに経つんだなぁ...
ドズル・ザビはこの人の声があってこそ
優勝を争うチーム同士での大逆転試合は見応えがあるが、優勝争いにあまり絡んでいないチーム同士での大逆転試合はある意味プロの誇りを感じる。
あの門田博光のセーフティバントなんて朝稀少なシーンが見れただけでも大満足です。
近鉄柳原が打った代打逆転サヨナラ満塁ホームラン
この次にあるのは17年後のあの伝説のホームランです
38:30〜 江夏投手は、差が開いてると力を出せないイメージ。
それが証拠に、伝説の21球の時は1点差を抑えたけど、81年の読売との日本シリーズの初戦は3点差を追いつかれてるし。
昭和57年の長崎首位打者は、汚いと言わたが、私は長崎選手が、ネクストバッターボックスでする素振りの美しさが好きだったし、シーズンを通して芸術的な広角打法が冴え渡ったが最後の方は田尾選手の打率を見ながら出場するようになった。そして、中日の最終戦は大洋が相手チームで、中日ピッチャーはエースの小松投手が先発して、中日が勝てば優勝し、負ければ巨人が優勝だったが、大洋ホエールズの監督の関根潤三さんが、長崎啓二選手が首位打者を取れるのは、二度とないと判断して先頭打者の田尾安志選手を全て敬遠した。三打席目だったか敬遠のボールを一か八か打とうとしたが、バットに届かず長崎選手が首位打者を獲得した。しかし、その後、田尾選手を敬遠する事は無条件で一塁に出塁できる事になるので、中日の優勝に有利に働き、巨人に不利に働いたと日本全国の野球ファンが不満を漏らして、感じの悪い首位打者だと言われて、巨人が気の毒だと意見を言う人も出るほどあと味の悪いゲームとなった。
ナゴヤ球場や、西宮球場はすごく狭いですね。西宮球場は何度も行きましたが、狭いうえにラッキーゾーンまで
ありました。ブーマーさんや長池さんなど強打者が多くいたのは事実で、相手チームも同じですが、年間ゲームの半分
をここでやったのですから阪急がパ・リーグで何度も優勝したのもうなづけるでしょう。
意味不明
ラッキーゾーンって阪急の攻撃の時だけできるの?そんなの両チームとも条件同じでしょ。
個人記録ならともかくチームの勝率には関係ないよ。
末次さんは、昭和51年の阪神戦で満塁サヨナラホームランを打った翌年のキャンプで、目をケガして、引退を余儀なくされ、コーチに転じました。
このビデオ持ってて子どもの頃死ぬほど見たわ懐かしい
80年代プロ野球は面白かった
いやいや、80年代に限らず、70年代のプロ野球も面白かった!です。
90年代も面白かったですよ
@@はじけてぐれーぷ 90年代は、FAが、導入され、どこかの名門球団が、金とブランドに物を言わせ他球団の主力選手を掻き集めプロ野球をつまらなくした!
00〜10年代のプロ野球も名場面でいっぱいだぞ
落合VS江夏が見れるなんて今では貴重な映像!!
右の大打者と左の大投手か!どちらも凄い記録を達成している!
当時の屋外の土のグランド(今では少年野球並みのコンディション)で、数千人の観衆で繰り広げられるプロ野球(特にパリーグ)の映像が素晴らしいですね。
今のプロ野球人気を支える先人達の汗と努力の結晶です。
晩年の江夏とはいえ落合との対決は
貴重な映像ですね。
takahashi124
10:32
広野選手に代打逆転サヨナラ満塁本塁打を打たれたヤクルトの会田投手は、
元巨人の会田有志投手のお父さんです。
王さんが江夏さんから放った逆転スリーラン、現場で見ていました。ライトの外野席とアルプススタンドの間の通路に打球は消えました。王さんのホームランの打球って低い角度で上昇して最高高度に達すると水平にしばらく飛んで落下するんですよ。田淵さんの打球が高い放物線を描くのと対照的だったのを覚えています。
加藤秀司さん、在阪パリーグ球団全てに在籍したんだよな
落合さんが江夏さんから打ったインサイドのストレート、ライト線いっぱいに運ぶ技術が凄い👍バットコントロールですね。
あと、今の野球より昔の野球の方がはるかに面白いね。必ずライバルがいた。巨人VS阪神、西武VS近鉄、王長嶋VS江夏、野茂VS清原、江川VS掛布、落合VS山田等々魅力があった😁ドラマチックなのもよかった。リプレイ検証とかもないし、正真正銘生のプレー、ジャッジだった。今よりも生活賭けてプレーしてる感があって乱闘とか小競り合いもつきものだったけどね😅大げさに言えば人生賭けて闘ってるように見えた。今いる野球選手には頑張れってとこだね😅あくまで個人的な考えってとこで。質問あれば待ってます👍
やっぱり昔の野球は凄いな。
リアルタイムを知らない私でも凄さがわかりますよ。
今のプロ野球も凄いけどレベルが違いすぎますね。
打つべき人が打って投げるべく人が投げて抑える。
金田さんの通算400勝、4490奪三振
王さんの868本塁打
江夏さんのシーズン401奪三振
稲尾さんのシーズン42勝
などなど
こんな記録
もう出ないよ。
オヤジがよく言ってました。
「15勝くらいで最多勝?」
少ない少ない。
昔は先発完投、20勝なんか当たり前。
長く投げてるから防御率も低い。
その分、負け数も多い。
納得しましたよ。
なかなか面白かった。
やっぱ野球はドラマだわ。
後半1/3は80年代から90年代にかけての中日×巨人と近鉄×西武、
セパそれぞれライバル激突の歴史といった感じ。
平成最初の熱パの近鉄大逆転の立役者、清原さん。
その2日前、危険球でキレて…ジャンピングニーパットかまして退場。
ブライアンも凄いが、冷静沈着じゃなきゃ
ko koyaさん
この映像ってVHSで出てましたよね⁉️
どうやってRUclipsにアップしたので
しょうか?
やり方を教えてほしいのですが…
王の同点ホームラン、長嶋のサヨナラホームラン、たまらない。
巨人ファンならそうなんだろうけど、私は、巨人は、嫌いだけど、王貞治は、大ファン!
バックスクリーン3連発の阪神はもの凄い勢いだったが、いずれ勢いは止まるだろうと思ってた。ところが、シーズン終了まで勢いは止まらなかった。
この年の阪神は歴史的な強さだった。
阪神って優勝するときはブッチギリに優勝する
あの甲子園球場のバックスクリーン3連発は、この年に優勝した強い阪神の象徴だったね。
いやいや、全然そんなこと無かったやん。夏あたりまで広島とずっと競ってて、ちょうど社長が日航機で亡くなったあたりなんか連敗しまくりで首位も明け渡してた。先発が悪いから危ない試合が多かった。
落合さんのサヨナラホームランはインパクトありすぎました
1976年の張本勲の真骨頂である外角の球をレフトに流し打ちする技術は、天下一品であったことを43年ぶりに思い出した。
冒頭で2塁から一気に生還する吉田義男。それほど長身でもないキャッチャーの森が大男に見える。ヨッさんって本当に小柄だったんだな・・・・
淡口さん近鉄に移籍してたんですね。それにしても懐かしい名前ばかりでつい最後まで観てしまった(^^)
@@mapepe0217 シカゴシカゴ市西条gお
@@mapepe0217 おおまの
序盤の場面で長嶋がバットを短く持っているのが気になる。当時は何センチ(何インチ)のバットを使っていたのかな? あと、仕事で関わったことのある人が出場していたり。取引先の広告が甲子園球場の目立つ所にあったりで感慨深い。あっ、母の友人と結婚された投手も出てる。たまたま軽井沢でお会いして当時コーチをしていた球団のグッズをもらったな。
31:35 0-7からの大逆転は凄いですが、長嶋監督はこのあと
祝勝会を開いて選手に酒を飲ませた。翌日の第7戦二日酔いの
巨人選手は、阪急のベテラン足立投手に翻弄され2-4で日本一を
逃した。長嶋監督祝勝会早すぎでしょう。
3連敗の後の3連勝で、勢いがあるから、勝てると思ったのでしょうね。
慌てん坊で有名なミスターらしいエピソードです(笑)
第7戦に先発した、阪急足立投手も本調子ではなかったようですが、
巨人とは対照的に、楽勝ムードから追い詰められたので、そのプレッシャーを紛らわすために、前夜銀座で呑んでたそうです。
天覧ホームランは、王選手の貴重な2本足ホームランで同点からの、9回裏サヨナラだったのか。
このBGM懐かしい。かっこいいな。
まだ小学生の頃だったから、どういう位置付けの試合だったか
覚えてないけど、当時西鉄の監督だった中西太が終盤で代打で登場。
レフトへの大飛球で捕られたけど。あんなショッキングなシーンは
見たことない。
その時代
娯楽がほかに少なかったという事もあると思うけど、あの頃の野球は本当に面白かった。
残念ながら、正直今は面白いと思わないですね。
33:35
このスコアこそが典型的な中日大洋戦
ちなみにこの2年後に同カードで毎回得点(中日)も記録する
確か横浜球場でしたね。9回表に金山選手のホームランが飛び出して。
この頃の中日は打ち出したら止まらない怖さがありました。
47:14この試合もこの年の阪神を象徴する試合として語り継がれてるけど、この年の広島は31試合も逆転負けを喫しており、その象徴の試合でもあるんだよな。
1982年昭和57年9月28日そのときは高校1年生中日ー巨人戦この試合はふつう負けている試合を見事にひっくり返した
こんな試合を見たいよ
やっぱり日本シリーズはデーゲームがいいな
ほんとそれ。
試合終った後、ゆっくり飲みに行ける。終電を気にしないでいいし。
オールデーゲームは93年、1267戦デーゲームが94年。
テレビ視聴率も取れないんだから戻してもいいと思うけど。
(7戦デーゲームだと仕事を棒に振ることになるけど…)
ナイトゲームだと、ペナントレースと雰囲気が同じに感じる。
背番号12の巨人の柴田さんの姿も貴重ですね。
選手の名前をフルネームで言ってるところがいい
大津ホール 台本にダンディズムを感じますな。
故・郷里大輔氏の語り口との調和が、更に味わいを増していますわ。
@@chakra1969 あっぱれだ‼️
近鉄の抑え・石本貴昭を「たかあき」と読んでるけど、確か「よしあき」のはず。
そこだけ惜しいなぁ。郷里さんは大好きな声優でした。
ブライアントは勿論、ソレイタといい、バースといいい、バットを振っていると言うより、その辺に落ちてた木の小枝を振ってる感じだ。
24:29これが今井雄太郎さんのあの1球ですか!上田監督が継投ミスしたというシーンが省かれていますね。写真と文章だけしか見たことないので、映像で見られてよかったです。
82年9月28日の中日-巨人はラジオで家族全員で聞いていたが、9回4点差で巨人は怪物江川で中日の敗戦は目に見えていて、ラジオを消したが、自分は部屋で自分のラジカセで「最後の悪あがきくらい…」と思ってつけたら、動画の通り3連打で無死満塁。すかさず、家族でラジオをつけたら、あっと言う間に同点、更に延長で…。というシチュエーション。9回裏満塁の時点で当時のナゴヤ球場は大騒ぎ、サヨナラ勝ちで近所が夜更けにも関わらず声援が立っていた。まるで中日の優勝のような。そしてこのシーズン、中日はセ・リーグを制した。愛知での話。
広野はまさに強運の持ち主。
「北川の代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームランが無い!」と嘆いてる方。このビデオの制作は1996年。近鉄のホーム球場はまだ藤井寺の時代です。
9:00~ 子供の頃に名古屋の厚生年金会館で元中日・広野さんに花束を贈呈した記憶があります(^.^)なんでかは記憶ないですが。。
王さんびっこ引いてるじゃねえか 長嶋さんはホームラン打つしかないところを打ったんだよねえすげえ
左膝直撃のデッドボールは、かなり痛かったでしょうね。
長嶋さんがホームラン打ったから、ゆっくり歩いてますが、ヒットだったら、無理してでも全力疾走したんでしょうね。
@@naoqualis711さん、 膝に直撃したら、まともに走れませんからね。
現在、【びっこ】放送禁止用語ですね。相撲の解説に元関取が来てて同じ言葉を発したらアナウンサーが慌てて訂正してました。 昔の映画は必ず冒頭におことわりのテロップを流しますね。
ここ数年派手な大逆転劇多いなあと思ってたけど、結構昔から割と起きてたのね、こういうの
記憶に残る逆転劇は、昔の方が多かったですよ。
このビデオテープ、かつて持っていました⚾️。確かNumberで出していましたね。
59:00過ぎから中日の中村選手が満塁ホームランとサヨナラホームランを打ったくだり。監督に何度も殴られたってのがおそらくこの選手ですよね?こんな良い選手が何で何度も殴られたんだろ。
キャッチャーで、打撃がいいので若いころから起用されてましたが
経験不足で配球の組み立てがまだまだ未熟だったそうです。
星野「タケシ! なんであんな球投げさせるんや! 口で言ってわからんやつが
どういう目にあうか教えてやる! 歯食いしばれ!」
ベンチにも音が聞こえるくらい殴られてた、というのは有名な話です…。
32:45 大洋の佐藤政夫投手は長嶋茂雄さんが最後に対戦した投手ですね
槇原の出席率の高さw
제 채널에 합 4만원받을수 있는 이벤트 올려놨어요~ 534
昭和40年までに読売と南海が7回も対戦していたなんてビックリです。
ナレーター「三割、40本に届きそうにない大不振の王…」
俺「えええ……」
端から見ると、こんなに打ってどこが不振なんだ?となるけれど、シーズン40本以上のホームランが8年連続で途切れ、首位打者を長島に取られた。
戦後初の(Giants長嶋茂雄先輩が阪神村山実から天覧試合初のサヨナラ決定本塁打はいまだにたった1人)
ガキの頃日本シリーズ第7戦のチケットを父親が買い観戦を楽しみにしてましたがまさかの0-7。完全に諦めかけたところの大逆転!でテンションが上がり捲り夜眠れなかったのを覚えてます。ところが翌日は雨で月曜日に順延……親子で仮病wにかかり試合を見に行ったところ2-3で巨人が負け阪急の胴上げを拝ませて頂きました(苦笑)
36:30~の門田のセーフティーバントは何気に貴重かと。
1976年の読売対阪神での末次選手の山本投手からの代打逆転満塁サヨナラ本塁打、1992年の日本シリーズ第1戦の杉浦選手のサヨナラ満塁本塁打、第6戦の秦選手のサヨナラ本塁打の3つありますか?
南海ホークス→ソフトバンク ww
バースもスゴイけどブライアントもスゴかったな
バースは優等生 ブライアントはヤンチャ者 ふたり共最高に楽しませてくれた選手です
自分自身巨人ファンです、王貞治の大ファンなんです⚾。
自分に記憶のあるもの、ないものがありました。でも観てて楽しかったし怖いと思った。やっぱり[野球は面白い・怖い・そして最後までわからない]
だから面白い🤗
懐かしい試合が
盛沢山ですね。
私が⚾に
関心を持った頃の話。
当時私の亡き母親が🌟の前身旧🐳
旧🦬の兼任ファンになりなさいと
吐き捨てられた
記憶が有ります。
最初から🎏と🦅
ファンになり
たかったのに。
今はすっかり
🎏と🦅ファンに
なりましたけどね
ちな🎏広島
🦅ソフトバンク
アキレス鍵切断後の門田のセーフティーバント!!なんという超希少な映像
近鉄のバッテリー、守備
当然
まっったく無警戒、、、
これまで日本シリーズでは巨人に勝てなかった阪急ブレーブスはようやく勝てたのはチーム一丸となって戦った思いが一つになって日本一になった
槙原は阪神のカモみたいな風潮があるけど実際は38勝10敗と得意にしてたんだよね
でも阪神ファンは斎藤雅樹さんのほうにトラウマがあると思う
余談ですが、20:20での引き分けシーンは翌年放送のアニメ「サムライジャイアンツ」では番場蛮投手が9回に登板して新魔球を披露してましたねぇ。
阪急西宮球場の外野の赤い屋根懐かしいな〜
89年の中日巨人戦
「もう見てられるかバカバカしい」
と怒って風呂に入ってたら試合がひっくり返っていたのを知って大後悔
91年の中日巨人戦
以下同文・・・
勝負は下駄を履くまでわからない
個人的に
89年のダイエー対西武の
ダイエー逆転勝利の試合も
あって欲しかったなぁ。
阪急、近鉄、南海の3球団に在籍した加藤秀司氏の存在が奇跡。
巨人にも在籍したよ。
関西球界の重鎮・西本幸雄がいたからある意味で必然
同期入団の福本・山田は引退する迄阪急ブレーブスにいたが加藤英だけ渡り鳥野球人生でした!
@@佐々木栄一郎-l2m 巨人だけでなく広島にも居ましたね。
でも「阪急・近鉄・南海と言う3球団」ってのが凄いって事だよね。
パリーグの大阪・電鉄会社・強豪・・・って所がね。
セリーグで例えたらどんな感じに成るのかな?
@@tuistairu 読売でシーズン23勝をマークしたことがあった投手が日拓日ハム、大洋、ロッテ、広島と渡り歩いたのが居たと記憶しています。あと横浜大洋、読売、ヤクルトに在籍した補欠選手が…
1:00:46
阪神ファンでもあり3冠王2回のランディバース最強と思ってますが、
ドラマティクな逆転劇なら、1989年のブライアントの4連発が最強ではないでしょうか
前年、最終戦ロッテ戦勝てば優勝の試合で、9回に追いつかれ延長戦で当時金田監督の審判への猛抗議もあり、延長時間切れ引き分けになり優勝を逃した時の当時の仰木監督の表情が忘れられません。
1年越しの悲願の優勝🏅